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ライクユアセルフ 風早里美のブログ

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メールカウンセリング事例集

アダルトチルドレン
生まれて来たくなかった・・・

konさん

2004年9月5日 konさんからご質問を頂きました。

はじめまして。
春に一人暮らしに行き詰まり実家に戻ってきました。
同時にACという言葉を初めて知りました。
7年ぶりに一緒にいるうちに
自分がACであるかも知れないと思うようになりました。

両親に対して批判的な感情を持つ場面に出くわすたびに
思い出されることが多くなったのです。
だいたい小学生4年から中学生2年までのことです。
その頃古い団地に住んでいました。

・わたしの学習机があった部屋には
 いつも衣類の入ったダンボールが積み重ねられて
 出入りも身体を横にしないと通れない状態だった。

・家の中はいつも雑然としていて、家庭訪問の時だけまともな状態だった。

・体操服の首の縫い目が、アイロンの当てすぎで
 ギザギザになって痛かった。
 言っても買ってもらえなかった。
 授業のたびに不快だった。

・水泳とマラソンの授業の時は仮病でよく休んだ。母親公認だった。

・両親は不仲で絶えず口論していた。
 どちらかというと父親ばかりが怒鳴り散らし、母親は耐えていた。

・母親は友人が居なかったのでいつもわたしに色々話しかけてきた。
 父親へのうらみ、自分の実家が昔は裕福で自分がお嬢様だったこと、
 近所の人たちがいかに低俗であるかということなど。
 祖父の自慢話も多かった。その血をひいているはずだから大丈夫などと言われた。
 わたしは面白そうにふざけて「お父ちゃんの血は?」と聞いたように記憶している。
 お母ちゃんの方の血が濃いから大丈夫という返事だった。

・毎月母方の実家から仕送りがあった。
 父親には内緒だ。
 速達郵便で送られてくる。
 日が近づくと母親はイライラそわそわしていた。
 絶対内緒と言われた。

・父親はいつも不愉快そうだった。
 とくにみんなが集まる夕食時。よく怒鳴った。
 食事に文句をつけた。物を壊すほど怒り狂ったときがある。
 母親はわたしと幼い妹を連れて外へ逃げた。
 団地の階段に隠れた。
 その後とくにこといって和解するような言動も無くいつものように生活していた。

・両親は一度離婚をしている。
 よく覚えている。まだ妹が生まれてないときだ。
 母親は、あの時あんたがお父ちゃんはまだ迎えに来ないの?
 って聞くから、この子には必要な人なのだろうかって思ってやり直した、
 間違いだった、でも妹ができてよかったでしょう?と何度も聞かされた。


解っているのです。母親は誰も頼れる人間が居なかったことを。
今わたしが近い年齢なので、
いまのわたしが友人なら助言や協力もできると思うのです。
8年前、わたしと母親で家を飛び出しました。
4年後に母親が、そして今年わたしが帰ってきたのです。
父親はたしかにかなり変わりました。
年齢のせいもありますが、わたしの理想からは程遠いですが、
母親の理想からも遠いみたいですが・・それでもかなり変わったのです。

だからといって家の中が円満で温かくて
活気に満ちていて健やかだというわけではありません。
そんな五感で感じる不快さが遠い記憶を呼んだように思います。
不思議と体験の記憶に当時どう感じたかという記憶が全く無いのです。
よくあることなのでしょうか。
大人のわたしが考えた時、なんて可哀想な、
なんてひどいことを平気でよくやれたな!という怒りが込み上げてきます。
でも目の前の両親はもうかなりの歳。とまどいます。

一度、口論ついでにうったえたことがあります。
母親は「胸が痛い」と苦しそうにするし、
父親も「昔のことに対してどうすることもできない」と苦悶の表情をするだけです。
哀れであり不愉快な光景です。

妹は結婚離婚を経て、今は医大の院生です。
姉妹なのにどうしてこんなに違うのかそれも苦しみの1つです。
6歳も違うので嫌な記憶がわたしとは違うのでしょうか。
うまくここから脱出できてうらやましいです。
経済的にも両親には全く負担をかけていないのです。
わたしも早くそうなりたい。
妹は数年帰省していません。
心配はするけれど、この家族を嫌っているようです。

ACであると思うことで人生がままならない口実にしようとしているのだろうか、
という自分への疑いも残ります。
正しく判断して、
生まれてきたくなかったという言葉を口にしない生活を勝ち取りたいのです。
こんなメールだけではお困りになるかもしれませんが、なにか言葉をください。


はじめまして「kon」さん、風早里美です。
お返事が、遅くなり申し訳ありませんでした。
ご質問を読ませて頂きました。


>両親に対して批判的な感情を持つ場面に出くわすたびに
>思い出されることが多くなったのです。
>だいたい小学生4年から中学生2年までのことです。
>その頃古い団地に住んでいました。


記憶の中にある不快であったり
未消化なものが、konさんの中に重たいものをもたらしているのですね。


>・両親は不仲で絶えず口論していた。
>どちらかというと父親ばかりが怒鳴り散らし、母親は耐えていた。

>・母親は友人が居なかったのでいつもわたしに色々話しかけてきた。
>父親へのうらみ、自分の実家が昔は裕福で自分がお嬢様だったこと、
>近所の人たちがいかに低俗であるかということなど。
>祖父の自慢話も多かった。その血をひいているはずだから大丈夫などと言われた。
>わたしは面白そうにふざけて「お父ちゃんの血は?」と聞いたように記憶している。
>お母ちゃんの方の血が濃いから大丈夫という返事だった。

>・毎月母方の実家から仕送りがあった。
>父親には内緒だ。
>速達郵便で送られてくる。
>日が近づくと母親はイライラそわそわしていた。
>絶対内緒と言われた。


お母様は、ご自身の割り切れない思いを
「ミニカウンセラー」としての役割を持つkonさんに求めていたようです。
想定していた自分の人生と、
現実とのギャップを受け入れられたかったのでしょう・・・

それらの本当の理解も、本当の重さも理解できない年齢で
其れに対して同意をする事を前提に「聞き手」になり続けていた
konさんは、きっとどこかで、その内容を否定したかったり
そんな話は聞きたくなかったりしたのだと思うのです・・・・
でも、きっとそうする事は、出来なかったのですね。


>・父親はいつも不愉快そうだった。
>とくにみんなが集まる夕食時。よく怒鳴った。
>食事に文句をつけた。物を壊すほど怒り狂ったときがある。
>母親はわたしと幼い妹を連れて外へ逃げた。
>団地の階段に隠れた。
>その後とくにこといって和解するような言動も無くいつものように生活していた。


お母様も、konさんもお父様の存在に怒りに
息を潜めて生きていらしたのですね。
修羅場があったとしても、何もなかったかのように
元の生活に戻って始まっていく・・・・・
きっと、未消化な思いが、疑問がkonさんを
不安にさせていったのではないでしょうか?

子供にとって、両親のケンカがダメージなのではなく(其れも大きいですが)
そのケンカが、目の前にあっても
「ありもしない事」として、感じないようにして生活していく事なのです。
其れは、その子ども自身が「感じない」事を身に付けてしまうことだから・・・
「感じないこと」が、唯一生きていける手段だから・・・・


>・両親は一度離婚をしている。
>よく覚えている。まだ妹が生まれてないときだ。
>母親は、あの時あんたがお父ちゃんはまだ迎えに来ないの?
>って聞くから、この子には必要な人なのだろうかって思ってやり直した、
>間違いだった、でも妹ができてよかったでしょう?と何度も聞かされた。


お母様の選択を、konさんの言葉で決定したと
「今」、言われても・・・・・・
konさんには、どうしようもないですね・・・・・
妹さんが生まれたからといって、良かったでしょ?
きっと、それはお母様が、貴方に聞いたのではなく
自分自身に言い聞かせていた言葉だったのだと思います・・・。


>解っているのです。母親は誰も頼れる人間が居なかったことを。
>今わたしが近い年齢なので、
>いまのわたしが友人なら助言や協力もできると思うのです。
>8年前、わたしと母親で家を飛び出しました。
>4年後に母親が、そして今年わたしが帰ってきたのです。
>父親はたしかにかなり変わりました。
>年齢のせいもありますが、わたしの理想からは程遠いですが、
>母親の理想からも遠いみたいですが・・それでもかなり変わったのです。


そうですね・・・・
時間は、とても大きなエネルギーがあります。
其れは、人を変えてしまうほどだと思います。
また、年齢だけではなくお父様は「一人」になって初めて
どうして一人になったか・・・・に気付かれたのかもしれません。


>だからといって家の中が円満で温かくて
>活気に満ちていて健やかだというわけではありません。
>そんな五感で感じる不快さが遠い記憶を呼んだように思います。
>不思議と体験の記憶に当時どう感じたかという記憶が全く無いのです。
>よくあることなのでしょうか。
>大人のわたしが考えた時、なんて可哀想な、
>なんてひどいことを平気でよくやれたな!という怒りが込み上げてきます。
>でも目の前の両親はもうかなりの歳。とまどいます。

>一度、口論ついでにうったえたことがあります。
>母親は「胸が痛い」と苦しそうにするし、
>父親も「昔のことに対してどうすることもできない」と苦悶の表情をするだけです。
>哀れであり不愉快な光景です。


「いまさら・・・」・・・・そう思いながらも
辛かった、嫌だった、不快だった・・・・
そんなkonさんのインナーチャイルドが、言わないでいられなかったのでしょう。
吐き出してはみたものの、受け止めてもらえなかった・・・

「昔の事」であったとしても、konさんにとっては
きっと今も続いている不快さや、
生き辛さをわかってほしかったのだと思います。
過去の事をどうすることが出来なくても、
「あの時は、ごめんね・・・謝ってもすまないけど、本当にごめんなさい」
そう、konさんの痛みを少しでも受け止めてくれ
心から謝ってくれたら・・・
少しでもkonさんは癒されたのかもしれないですね・・・


>妹は結婚離婚を経て、今は医大の院生です。
>姉妹なのにどうしてこんなに違うのかそれも苦しみの1つです。
>6歳も違うので嫌な記憶がわたしとは違うのでしょうか。
>うまくここから脱出できてうらやましいです。
>経済的にも両親には全く負担をかけていないのです。
>わたしも早くそうなりたい。
>妹は数年帰省していません。
>心配はするけれど、この家族を嫌っているようです。

>ACであると思うことで人生がままならない口実にしようとしているのだろうか、
>という自分への疑いも残ります。
>正しく判断して、
>生まれてきたくなかったという言葉を口にしない生活を勝ち取りたいのです。
>こんなメールだけではお困りになるかもしれませんが、なにか言葉をください。


妹さんへの羨望も含め
現在の自分自身のあり方に問題を投げかけていますね。


konさん、一つ何かのきっかけになるような気がして
質問を自分自身にしてみてください・・・・・・。
どうして、ご実家に戻られたのでしょうか?
数年前に、戻られたお母様を、貴方はどのように感じていたでしょう・・?
その場所にいらっしゃることが、konさんの場所でしょうか?
そう、感じていますか・・・・・・・・?

人は、誰しも弱いものです。
一人でいれば、誰かの温もりがほしいと思ったり
どんな場所でも、一人よりはいいと思ったりもするでしょう・・・
その思いは誰にも責められるものではありません。


ただ、一つ考えていただきたいのは
konさんが、やりたい事・・・・・
歩きたい人生・・・・・・・
それが、どういったものかということです。

勿論、自分が思った人生など歩ける人は稀です。
でも、「こうありたい」と思う人生があり
その人生の実現に向かって、何かをしているプロセスが
本当の意味での大切な時間だと思うのです。
konさん、あなた自身は、どういった時間の中にいますか?

このあたりも含め、なぜ実家に戻られたか
その事を考えることが大切だと思います。
そして、その判断が貴方の思っている人生でないのであれば
その人生を手に入れる為に、しっかりと行動されていかれる事をお勧めします。


>ACであると思うことで人生がままならない口実にしようとしているのだろうか、
>という自分への疑いも残ります。


この言葉の通り、私もそうですが
ACであることに傷つきマイナスばかり見つけてしまいます。
そのせいにしてしまいたい、自分がいました・・・。
自分に自身が持てず、無いものばかりを求めて嘆いたり・・・・・
でも、私はこう思うのです。
ACである事のマイナスではなくプラスをさがそうと・・・・
疲れて、何かのせいにしたい時があります。
[ACだから・・・」と、叫んでみてもいいと思いますよ・・・・。
でも、その後で考えてみませんか?
どこかにプラスが無いだろうか・・・・と。

親の顔色ばかり見てきました・・・・
だから、とても性格が営業向きです。
誰が、どう考えているか・・・・・それも感じられます。
だから、心理カウンセリングができるのです。
親にも「可愛くない子」といわれ育ちました。
だから、絶対に自分の子供に「可愛い、大好き」と言って育てました。
子供を亡くしました。
だから、子供を亡くした悲しみがわかります・・・・・・。

konさん、きっと貴方が思う以上に
あなた自身が多くのものをもっていると思います。
妹さんのように、医師などといった社会的に
わかり易い価値ではなくても、きっと大切なものを。
その貴方のプラスの面を、自分自身だけは見つけてあげて
そして認めてあげませんか・・・・・・・?
全ては、そこから始まると思いますよ・・・・・・・


>生まれてきたくなかったという言葉を口にしない生活を勝ち取りたいのです。

生まれてきたのには、意味があります。
きっと、あなた自身が覚えていないだけで
konさんは、生まれてきたいと思ったから
この世に生きているのだと思います・・・・・
そして、生まれて来て良かったと思える日がきっと来ます。
生きて良かったと思える日が・・・・・・

konさん、あなた自身の中に幸せはあります・・・・・
まず、「幸せになりたい!」と、しっかり思ってください。
そして自分の中にある「~したい」に目を向けてみて下さい。
それらの答えが、貴方に何かを教えてくれると思います・・・。
少しでも、自分自身を好きになる・・・・
そんな気持ちを持ち続けてほしいと思います・・・
応援していますね。

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